東村山市議の転落死デマ事件

朝木明代市議の「自殺」「謀殺」と公言する現職の東村山市議ら。「異常」なデマ報道の「正体」

 1995年9月1日の午後10時半ごろ、朝木明代市議(東京都東村山市)が東村山駅前のビル6階から転落し、翌日の午前1時ごろ死亡した。市議は「万引き」容疑で警察から取調べを受け、その際、悪質な「アリバイ工作」が見破られて書類送検が決定し、検察への出頭を4日後に控えていた。
  最終的に警察と検察も「自殺」と認定し、捜査を終了したこの事件を、『週刊新潮』『週刊現代』、朝木市議の娘の朝木直子市議や矢野穂積市議らが、あたかも創価学会が関与した「他殺」であるかのような、悪質なデマ報道を繰り返した。
  最終的に全ての民事裁判で学会側が全面勝訴。判決は「(遺族の)証言及び供述は信用できない「(週刊誌等の各報道は)民主主義社会において尊重される紛争報道に値しないとデマ報道・コメントを厳しく断罪した。
  学会側から提訴した3件の裁判では、「賠償金総額600万円謝罪広告の掲載」を命じる判決が確定した。


参考書籍

『デマはこうしてつくられた。―東村山女性市議「自殺」「他殺」と騒いだ人々』(佐倉敏明著 鳳書院 ¥1,260)
『ウソ・デマを見破る本』(第三文明社 ¥400)
『この一冊で週刊誌報道のウソがすべてわかる』(第三文明社 ¥400)
『反逆の裏にある顔―元弁護士山崎正友の転落人生』(北林芳典著 第三文明社 ¥1,365)
『謀略の環―山崎正友の暗躍とそれに乗った人達』(吉村元佑著 第三文明社 ¥1,365)


関連年表
1994年頃朝木明代市議と反創価学会ジャーナリスト乙骨正生が親しくなる
1995年6月19日朝木明代市議が東村山の洋品店でTシャツを「万引き」
1995年7月12日警視庁東村山署が朝木明代市議を書類送検。「アリバイ工作」が捜査で破綻
1995年9月1日午後10時半ごろ、朝木明代市議がビル6階から転落、翌日午前1時ごろ死亡
1995年9月『週刊新潮』『週刊現代』「デマ報道」
1995年9月12日創価学会が『週刊現代』と朝木父娘を刑事告訴(1998年7月に不起訴の決定)
1995年10月6日創価学会が『週刊現代』を提訴(民事訴訟)
1995年10月29日東村山社会福祉センターで朝木市議の「追悼集会」
1995年11月25日日比谷野音で「東村山・朝木市議殺人事件糾明集会」
1995年12月22日警視庁東村山署が「自殺」と認定
1996年5月乙骨正生がデマ本『怪死』を出版
1997年4月14日東京地方検察庁八王子支部が「自殺の疑いが濃厚」と結論
1997年8月学会が『週刊新潮』東村山市民新聞を提訴
2001年5月18日『週刊新潮』が敗訴
  「賠償金200万円」を命令
2001年12月26日東村山市民新聞が敗訴
  「賠償金200万円」謝罪広告の掲載」を命令
2002年10月29日『週刊現代』が敗訴。
  「賠償金200万円」謝罪広告の掲載」を命令
2003年2月『週刊現代』(3月8日号)が謝罪広告を掲載


全裁判で創価学会側が全面勝訴
内容敗訴判決決着
『週刊新潮』のデマ新潮社、松田宏元編集長損害賠償200万円東京地裁で確定(01.5.18、控訴断念)
『週刊現代』のデマ朝木父娘、講談社、元木昌彦編集長謝罪広告の掲載、損害賠償200万円最高裁で確定(02.10.29)
東村山市民新聞のデマ矢野穂積、朝木直子の両市議謝罪広告の掲載、損害賠償200万円東京高裁で確定(01.12.26、上告断念)
『聖教新聞』の報道に名誉毀損と難癖矢野穂積、朝木直子の両市議“朝木らこそ「名誉毀損」と認定学会側勝訴、最高裁で確定(02.11.8)
『創価新報』の報道に名誉毀損と難癖矢野穂積、朝木直子の両市議「自殺」「アリバイ工作」を真実と信じるのに相当の理由あり”と認定東京地裁で学会側勝訴(03.3.10)
月刊誌『潮』の報道に名誉毀損と難癖矢野穂積、朝木直子の両市議「自殺」「アリバイ工作」を真実と信じるのに相当の理由あり”と認定東京高裁で確定(02.11.13 上告断念)


謝罪広告

 デマを流した個人に極めて稀な謝罪広告の掲載命令

 2002年10月29日、最高裁は『週刊現代』のデマ記事をめぐる裁判で、同誌の発行元・講談社と編集長・元木昌彦、及び記事にコメントを寄せた朝木父娘に「損害賠償金200万円の支払いと、誌面の4分の1を占める大きさの謝罪広告の掲載を命じた。
  『週刊現代』は判決確定から半年後、2003年3月8日号において謝罪広告を掲載。しかし朝木父娘は、現在まで裁判所の命令を無視しているという。
  個人に謝罪広告の掲載が命じられるのは極めて稀なこと。それだけ悪質なデマ報道であったともいえる。学会側の弁護士は、この判決について“わが国において画期的な判断である”と語った。

朝木明代

 「万引き」容疑で検察に出頭直前の“転落死”

 東村山市議会議員。「草の根」という市民活動を看板に、創価学会への批判を長年続けてきた。
  朝木市議は1995年9月1日の午後10時頃、西武線東村山駅近くのビル6階から転落し、死亡した。同市議は「万引き」容疑で警察の取調べを受け、その際、悪質な「アリバイ工作」を見破られ「書類送検」が決まり、検察への出頭を4日後に控えていた。
  「転落死」を調査した警察・検察も共に「自殺」と認定したこの事件を、遺族らが何の根拠もなく創価学会の「謀殺」であると放言し、それを『週刊現代』が一方的に報じて騒ぎとなった。
  創価学会は名誉毀損で出版社と朝木父娘らを提訴、3件の裁判全てで学会側が全面勝訴した。
  朝木市議らは、この年の選挙で長女の朝木直子市議が当選を辞退し、次点で落選した同じグループの矢野穂積市議に議席を譲ったことで全国から非難を受けていた。それらのことで、朝木市議は「精神的につかれたのでは」との話もある(※『産経新聞』同年9月3日付朝刊)。
  ※『デマはこうしてつくられた。』21ページ

「自殺」

 警察・検察が共に「自殺」と認定し、捜査は終了した

 捜査を担当した警視庁東村山署は平成7年12月22日、朝木明代市議の転落死について、「他人が介在した状況にはなく、犯罪性はないと断定した。
  捜査当局が「自殺」と認定した主な根拠は以下の点。
  ・体に争った跡や外傷がない
  ・現場マンションの踊り場に、自分でぶら下がったこん跡がある
  ・発見者「大丈夫です」と被害を訴えなかった
  ・発見者による救急車の手配の申し出を拒否した
  ・現場周辺で不審な人物や車の目撃がない
  平成9年4月14日、東京地方検察庁八王子支部は「自殺の疑いが濃厚」と結論し、捜査を完全に打ち切った。

発見者

 “救急車手配の申し出を拒否された”と明確に証言

 現場近くのハンバーガー店「モスバーガー」の店長。転落した朝木明代市議の第一発見者。業務上の理由からマスコミの取材を取り仕切っていた同店のオーナーは、次のように話している。
  「店長と女性店員がその女性に『救急車を呼びましょうか』と尋ねたそうです。そのとき女性は断ったというのです。そのことは警察の調書にも載っていますし、私自身、マスコミの方にもそのようにこたえてきました」
  しかし、デマ報道をした各週刊誌に、この証言は無視されたようである。
  さらに発見者の店長自身も「もし誰かに突き落とされたというのであれば、私が聞いた時点で『突き落とされた』とか『助けて』とか言うはずでしょう。彼女はそんなことはまったく言わなかったし、もし突き落とされたのだというふうに僕が思ったとしたら、むしろ僕のほうが騒いでますよ」と語り、朝木の“他殺説”を否定している。

矢野穂積

 裁判所から「極めて特異」と指摘される「訴訟マニア」

 東村山市議。朝木明代市議の同僚で、同市議の「アリバイ工作」に加担したと見られている。朝木直子(朝木市議の長女)市議らと、ミニコミ紙東村山市民新聞を発行している。
  事件のあった年の選挙で落選したが、同じグループの朝木直子市議が当選を辞退して議席を譲ったことで、全国から非難を受けた(平成9年8月、最高裁で“繰り上げ当選は無効”とする判決が確定)。
  裁判所から「極めて特異」と認定される「訴訟マニア」で、自分たちに都合の悪い証言をした「万引き」の被害者である洋品店の店主」、転落現場に駆けつけた「救急隊員」、東村山署の「副署長」「法務大臣」まで訴えた。
  また、警察による朝木市議への取り調べの直後、矢野市議は洋品店の店主に対し、伝言や電話などで「オーナーに、無実の人を訴えると罪になると伝えてください」「証拠もないのに訴えると誣告罪になるんですよ」などと脅しまがいのことを言っている。
  さらに、「東村山・朝木市議殺人事件糾明集会」では、「万引き」の被害を受けた洋品店の店主」に対し、市民1万人以上を前に「どんな顔をしているが見てきて下さい」などと、「社会的制裁」を扇動した。

「訴訟マニア」

 悪質な訴訟を乱発し、敗訴を重ねている現職市議

 矢野穂積、朝木直子市議らは、学会が関わる裁判以外にも自分らの主張に合わない言動をした人々を次々と訴訟に巻き込み、多大な迷惑を与えている。
  朝木明代市議による「万引き」の被害者である洋品店の店主を、矢野らが“名誉毀損”と訴えた裁判では、逆に矢野らが「損害賠償金100万円の支払いを命じられた(平成12年11月29日東京地裁)。
  また、朝木市議の救助にあたった救急隊を「処置が悪かった」として提訴した裁判では「(救急隊の)過失はないとして、訴えは退けられた(平成13年6月29日東京地裁・平成14年7月18日東京高裁)。
  さらに、矢野が「暴行された」として無実の少年を警察に2度も告訴、3回にもわたる取調べでも少年が暴行と「無関係」であるとの結論が出たにもかかわらず、その3年後の平成10年8月、少年を民事裁判で提訴。当然、矢野は全面敗訴した。
  判決は「仮にも公職にあるものが、曖昧な記憶に基づき、しかも警察の捜査がされているのに、名指しで犯人と断定していることは、極めて特異と、矢野を厳しく糾弾。高裁は悪質な冤罪事件とみなし、矢野の控訴を棄却した。
  矢野は、学会婦人部が集めた署名の中に少年の母親の名前があったことで、少年を創価学会員と早合点したようである。判決は「(少年が)創価学会員であったことを犯人であることの証拠として挙げているが、創価学会員であることから直ちに被告の犯行と結びつける論理の乱暴さはともかく」と矢野の勘違いと、その短絡的な思考を指摘している。
  この署名を発見し、少年の“身元”を割り出したのは『週刊新潮』門脇護記者であるといわれている。

「東村山・朝木市議殺人事件糾明集会」

 1995年11月25日、日比谷野音で「東村山・朝木市議殺人事件糾明集会」が行われた。主催者は、「東村山朝木市議殺人事件を糾明する会」「邪教から国政を守る会」「草の根市民クラブ」などの団体。主催者側の発表によると、集会には「市民1万2千人以上」が集まったという。
  会場には「創価学会を解散させよう」「池田大作は地獄へ行け」などと書かれたプラカードを持つ人が目立った。しかし、この集会でも「転落死」「他殺」とする“根拠”“証拠”が出ることはなかった。
  登壇者のひとり、『四月会』の有力メンバーでもある北野弘久日大教授のスピーチも、「朝木さんの死は自殺でないと確信している」で始まり、憶測による中傷を並べるだけ。
  草の根市民クラブの同僚の矢野氏においては、「高潔な朝木市議。それを万引き犯扱いする『スティル』の女店主。みなさん、『スティル』に行ってその女店主がどんな顔をしているが見てきて下さい」などと、朝木市議による「万引き」被害者である洋品店に対し「社会的制裁」を加えるような扇動までした。
  邪教より国政を守る会・会長の演説も、「朝木さんは学会を批判しただけで殺されたんです。これは市民への挑戦だ。市民への敵は断じて許さない」「池田を国会に証人喚問し、朝木さん殺人事件を追求すべし。学会に強制捜査を行うべきだ。そうすればオウム以上の犯罪集団であることが分かるはずだ」と、一方的な決め付けに終始。
  「証人喚問」「強制捜査」の要求は、当時の一部政治家の狙いとも一致しており、朝木市議の「転落死」を何としても「政争の具」にしたい“思惑”が見てとれる。
  集会は最後に、「池田、逮捕!」「学会、解散!」などとシュプレヒコールを何度も繰り返し、東京駅までデモ行進していった。
  この1ヶ月後、警察は、この「転落死」「自殺」と認定する。

『四月会』

参考『四月会の経歴』
  創価学会の選挙支援を封じるため、政治・宗教的な思惑から発足した、政治家、文化人、宗教家らの集まり。日顕宗の坊主や檀徒も個人会員に名を連ね、中には「白山氏への冤罪報道事件」にも深く関与した、「共産党活動家」「日顕宗檀徒」もいた。
  「宗教弾圧」「憲法違反」の疑いが生じ自滅した。

門脇護

 参考『週刊新潮・門脇護記者の経歴』
  『週刊新潮』の記者。当時、デスク。数々の学会中傷記事に関わっている。

『週刊現代』

 まったく根拠のないコメントを一方的に掲載し、全面敗訴

 平成7年9月23日号に、「夫と娘が激白!明代は創価学会に殺された!」という大見出しと共に、朝木父娘の一方的なコメントが掲載された。この記事で名誉を傷つけられたとし、創価学会は発行元・講談社と編集長・元木昌彦、記事にコメントを寄せた朝木父娘を相手に民事裁判を提訴。
  裁判で講談社側と朝木らは“他殺”の立証をしようともせず、“名誉毀損には当たらない”などと逃げに終始した。当初から朝木側にすら“謀殺”根拠がなかったのである。
  ついには“他殺”であるとする“コメント”の存在自体が朝木らに否定され、裁判で講談社側と朝木側の「取材をした」「取材を受けてない」といった、激しい内輪もめが行なわれる始末。
  地裁判決は『週刊現代』「不法行為」は認めたものの、朝木らの「共同不法行為」は認定されず、朝木らに対する請求部分は棄却された。しかし高裁、最高裁は、朝木らの悪意を見破って「不法行為」と認定し、学会側の全面勝訴として決着がついた。

東村山市民新聞

 矢野穂積市議、朝木直子(朝木明代市議の娘)市議らの所属している市議会の会派「草の根市民クラブ」の機関紙。B4版の紙を2つに折った4ページ建てで、新聞の折り込み広告として公称5万部を月一回、東村山市内全域に配布している。創価学会・公明党への批判記事を数多く掲載する。

「万引き」

 2度にわたる朝木市議による「万引き」被害

 1995年6月19日午後3時ごろ、東村山駅前の洋品店『スティル』にて、朝木明代市議が万引きするのを店員(経営者の妻)が目撃し、追跡。同市議は店から10mほど離れた路上で捕らえた。店員に追及された朝木市議は隠した盗品を落とし、そのまま逃走したという。これには複数の目撃者がいる。
  朝木市議は「万引き」の事実を、同僚の矢野穂積市議と共同して「アリバイ工作」をでっち上げてまで否定した。しかし、警察の捜査で悪質な「アリバイ工作」は完全に見破られた。

洋品店

 「万引き」の被害者でありながら、
  訴訟に巻き込まれるなどの2重被害

 東村山駅前の洋品店『スティル』。店員(経営者の妻)が朝木明代市議の「万引き」を目撃し追跡、路上で一旦は捕らえるが逃げられた。この店は以前にも、朝木市議によるとみられる「万引き」被害を受けていたという。
  店長は朝木市議を「万引き」したとして警察に告発。しかし、店長夫妻は、かえって矢野穂積市議らに“ウソつき”呼ばわりされ、訴訟に巻き込まれるなどの被害を受けた。
  裁判では、訴えた矢野らに対して逆に、店主夫婦へ「損害賠償金100万円の支払い命令が下っている(平成12年11月29日地裁判決)。
  また、矢野穂積市議は洋品店の店長夫婦に対して、“朝木市議の「万引き」を警察に告発しないように”などと脅迫じみた電話を繰り返していたという。

「アリバイ工作」

 警察に見破られた朝木・矢野市議の「アリバイ工作」

 参考『アリバイ工作の詳細』
  朝木明代市議は「万引き」のあった午後3時ごろ、ファミリーレストラン「びっくりドンキー」矢野穂積市議と食事をしていたとアリバイを主張。矢野市議も雑誌で同じことを語っている。
  しかし、「びっくりドンキー」店長らの証言や顧客情報の記録から、これらの証言がウソであることが判明した。朝木市議の悪質な偽装工作に対し、警察は「書類送検」という「万引き」事犯にしては珍しい、厳しい措置をとった。
  朝木市議は取調べで「アリバイ工作」を見破られると、捜査員に対して「私はこれからどうなるのでしょう」とひと言もらしたという。
  なお、この重大事実は、乙骨正生のデマ本『怪死』には載っていない。

『アリバイ工作の詳細』

 悪質なアリバイ工作に「書類送検」の厳しい措置

 1995年6月30日、朝木明代市議は警察に出頭したが、取調べでは「陰謀だ。冤罪だ」と一方的に喋るだけで、事情聴取にならなかった。
  7月4日、朝木市議は再び出頭した際、突然、「私にはアリバイがある」と主張した。
  そのアリバイとは
  「その日は午前中は市議会に出て、午後2時12分に銀行に寄って、2時30分から3時30分まで矢野穂積市議と一緒に近くのレストランで食事をしていた。だから、犯行のあった時間(午後3時15分ごろ)に洋品店にいるわけがない」
  というもの。その証拠とは「料金清算の時刻が印字されているレシート」。そのうえ「そのとき食べたランチは、とてもおいしかったのでよく覚えているとも供述した。
  また矢野市議も、雑誌で「朝木さんには完璧なアリバイがあります。(略)私と府中街道沿いの『びっくりドンキー』というレストランで食事を取っていました」『文型春秋』平成7年11月号)と語っている。
  しかし、警察の裏づけ捜査により、その日、「びっくりドンキー」で朝木市議が食事をしたとするテーブル席(17番テーブル)には、午後3時半まで、2人連れの女性客が座っていたことが判明(矢野市議は男性)。
  そのことを証言した17番テーブル担当の女性従業員は、この日、歯医者に行くために店を離れるタイミングもあり、テーブルに長居していた女性客2人のことをよく覚えていた。また、店長の話によると、当日に朝木市議を見た従業員はおらず、「レシート」も朝木市議が「万引き」のあった日からだいぶ経ってから店を訪れ、何を食べたか「おぼえていない」というのでレシートの一覧から選ばせて、そのコピーを渡したという。
  さらに、顧客情報の記録によると、2人連れの客が店内に着いた時間は午後1時29分。朝木市議は「午後2時12分に銀行に寄って、2時30分から3時30分(まで食事をしていた)」と証言している。同市議が銀行に寄っていたのは防犯カメラの映像で証明されたが、これではレストランにいた時間帯との辻褄があわなくなる。
  さらに、朝木市議が取調べで事細かに内容を語った「ランチ」メニューは、その日の昼ごろ、すでに売り切れてなかったという。
  7月12日、3度目の出頭で朝木市議は“証拠”のレシートを任意で提出。しかし、係官にアリバイの矛盾を指摘され、供述が事実であることを認める調書へのサインを求められると、「マスコミも含めて、今日のアリバイは他言しないでください」と懇願し、「私はこれからどうなるのでしょう」と動揺を浮かべたという。最後に「ちょっと待ってください。今日の調書はなかったことにしてください」と調書へのサインを拒み、逃げるように立ち去った。
  その日、東村山署は朝木市議のあまりにも悪質な「アリバイ工作」に対して、書類送検という厳しい措置をとった。これを受けて東京地裁八王子支部は、朝木市議に9月5日に出頭するよう通告した。

「びっくりドンキー」

店の顧客情報の記録で、アリバイ工作は破綻

 店長らの証言は、朝木が「万引き」のあった日時に「びっくりドンキー」矢野穂積市議と一緒に食事を取った”とするアリバイを完全に否定している。
  「問題になっている6月19日に朝木さんを店内で見た従業員はいません。朝木さんはそれまでもよく店にいらしてましたから、いらっしゃれば覚えています」
  「警察の方が朝木さんが警察に提出した領収書のコピーを持ってこられましたが、その領収書のコピーは後日、私どもで朝木市議に渡したものです。朝木さんが万引き事件のあった6月19日からだいぶ経ってから、店に訪ねてこられ、『その日に店に来たから領収書をくれ』とおっしゃるので、『何を食べられましたか』と聞きましたが、『おぼえていない』と言われたので、発行した領収書の控え一覧を見せたら、『これだ』というのでコピーをとって差し上げたのです。警察の方が持ってこられたのは、そのコピーです」
  また、朝木市議らが食事をしたとする17番テーブルを担当した女性従業員の証言によると、その時刻、テーブルには、別の女性客2人が座っていたことが分かっている。その従業員は、この日、歯医者に行くために店を離れるタイミングもあり、そのテーブルに長居していた女性客2人のことをよく覚えていた。
  さらに朝木市議が当初、午後3時ごろに食べたとしたメニューは、その日の昼ごろ、すでに売り切れてなかったという。

顧客情報の記録

 「びっくりドンキー」では、客からの受注、会計管理、領収書の発行などにハンディターミナル(小型の注文入力機)を使い、コンピューターで一括管理している。その記録によれば、朝木市議と矢野穂積市議が食事をしたとするテーブルには、別の女性客2人「長居」していたことが判明した(矢野市議は男性)。
  さらに、2人連れの客が店を訪れ、注文をした時刻は午後1時29分だが、朝木市議は自ら「午後2時12分に銀行に寄って、2時30分から(レストランで食事をしていた)」と証言している。朝木がその時間に銀行へ寄ったことは防犯カメラで確認されているが、そうなると、レストランにいたとする時間帯と辻褄があわなくなる。

『怪死』

 敗訴まみれのデマ“ジャーナリスト”
  乙骨正生の「間違いだらけの欠陥商品」

 参考『乙骨正生のデマ事件・敗訴の一覧』
  1996年5月に、学会批判のデマ記事で数々の名誉毀損を認定されている乙骨正生が初めて出版した本。朝木明代市議の転落死に創価学会が関与しているかのような記述がある。
  本の前半で、第一発見者のモスバーガー店長が朝木明代市議に「救急車を呼びましょうか」と問いかけた事実はない”とし、そのことを店長に「何度も取材した」と書きながら、本の後半では「取材していない」と書くという「欠陥商品」。真実は、店長は朝木市議に救急車の手配を申し出て断られている。
  乙骨は裁判で、第一発見者の店長と会ってないことを認めた上、『転落現場に誰がいたか』という基本的な事実すら知らなかったことを認めた。

刑事告訴

 1995年9月12日、創価学会は『週刊現代』の編集・発行人である元木昌彦と、朝木の夫と長女の3人を刑事告訴。しかし、「証拠不十分」という理由で1998年7月に不起訴が決定した。
  すでに民事で争われていることや、警察が一部マスコミの偏向報道などに及び腰になったとの見方もある。


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